ホリエモンの本『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』『金持ちになる方法はあるけれど、金持ちになって君はどうするの?』

最近、ホリエモンのツイッターをフォローしているんですが、これがなかなか面白くて今更ながらホリエモンの著作を読んでみました。

今回読んだのは、図書館にあった次の2冊。

『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』

『金持ちになる方法はあるけれど、金持ちになって君はどうするの?』

結論からいうと、ものすごく面白かったです。

 

概要

『金持ちになる方法はあるけれど~』は、収監中に檻の中から(!)発行を続けていたメルマガを編集し、ビジネスアイディアと読者からの質問に答えるQAコーナーがまとめられています。

『ゼロ~』は、ホリエモンの自伝的作品で、生い立ちから現在に至るまで、彼がどんなことを考え、どんなことをしてきたのか、「ホリエモン」ではない「堀江貴文」その人が赤裸々に綴られています。



ホリエモンも普通の人だった

今まで、ホリエモンのことはよく知りませんでした。
嫌いでもないし、好きでもない。
良く知らない人。

ヒルズ族が流行った時代に注目を浴びた人で、経緯は良く知らないけど逮捕され、収監されていた。
性格は、唯我独尊・傍若無人(といったイメージ)。
以前クイズ番組に出ている姿を拝見したことがあり、そのときにものすごく負けず嫌いで、とにかく頭がいい人なんだな、という印象を持った程度。

別世界の人。
だから、関係ない人。

そんな風に思っていたのですが、『ゼロ』を読むと、ホリエモンのイメージが一転します。
ものすごく、親近感がわくというか。
幼少期のフラストレーションや、自堕落な大学生活、不遜なイメージの裏側にある弱さなどにも言及されていて、天才ホリエモンも、意外とふつうの人なんだな、ということが分かる一冊になっています。

特に、一冊を通して読むと、彼が今主張している持論(ハマれ、とか、馬鹿になれ、とか、やりたいことは全部やれ・やりたくないことはやるな、とか)は、すべて彼自身の経験則、成功体験からでてきているのだという事実が浮かび上がってきます。

以前はなんとなく、天才には世の中の“正解”が見えていて、要領よく(ホリエモンのいう掛け算)物事をこなしているのだと思っていました。
でも、そうではなかった。
ホリエモンも普通の人だった。
ただ人より多く情報収集をして、人より早いスピードで着手して、人一倍量をこなしているだけ。
そして、自分が良いと信じている(自分が上手くいった)やり方を、「良いよ!」って広めているだけ。

自分が「良い」と思うことを伝えるのって、すごく普通なことだと思うんです。
言ってしまえばこのサイトだって、同じです。

この本を読むと、「ホリエモン」はテレビ画面の向こうにいる孤高の天才ではなく、同じ地続きにいる、滅茶苦茶不器用で、人一倍努力家(本人は努力という言葉をつかわず、ハマる、といっているけれど)で、私たちと同じように死を恐れる寂しがりやだということが分かります。



 

思想家「堀江貴文」の大きな愛情

本書を読んでいてもう一つ感じたのが、ホリエモンの大きな愛情です。

今回読んだ『ゼロ』も『金持ちに~』も、どちらもとても読みやすく、面白い本でした。
恐らく、他の著作も同様でしょう。
それはホリエモンがとてもロジカルで、頭の良い人だから、わかりやすい論理展開で文章が書ける、ということもあると思います。
でも、それだけではないと思うんです。

ホリエモンはどうやら、「自分が良いと思う方向に、社会を進めよう」と本気で思っているようなのです。

そしてそれは、ホリエモン一人では達成できない。
社会を構成する一人一人が、今以上に自分の殻を破って、社会を前に進めなければいけない。

そのために、ホリエモンは彼の目指すところを、かみ砕いて、分かりやすく示すことにしたんじゃないかなと思うのです。
著書が読みやすいのもその一つ。
Twitterで日々大量のコメントに返信をしているのもその一つ。
『ゼロ』を読んで、”ホリエモンは普通の人なんだ”と思った(思わされた)のも、彼の作戦の一つなのだと。

我々“普通の人”が抱いている、(自分には)出来っこない、という空気。
ホリエモンは天才だけど、自分は普通の人だから出来ることには限りがある、という諦めの空気。
それを本気で変えようとしているんだと思うんです。

『金持ちに~』には、先述のビジネスアイディアやQAコーナーのほかに、ホリエモンをよく知る人物(夏野剛氏や、西村博之氏など)による解説ページがあります。
その中に、ホリエモンの大学時代の恩師である船曳教授のこんな言葉があります。

“堀江貴文は、(ビジネスで大変な成功をおさめたけれども、その実態は)「思想家」である。”

船曳教授は、フランス革命に影響を与えたジャン・ジャック・ルソーを引き合いに出し、ホリエモンのことを思想家であると述べています。

例えばつい最近、ホリエモンのTwitterが軽く炎上しました。
それは、“新幹線で座席を倒すとき、後ろの人に声掛けする必要はあるか否か”という話題でした。

勿論、ホリエモンは声かけ不要論者。
座席を倒す権利は席料に含まれており、不要な声掛けにより他者の時間(命)を奪うことは悪である、というのが彼の持論です。
これに対し、賛成意見だけでなく、たくさんの批判が集まっていました。

「たった一言で円滑なコミュニケーションができるのに、狭量な男だ」とか
「その場でOKと伝えれば済む話で、わざわざTwitterでつぶやく必要はない」とか
「声掛けで奪われた時間よりも、Twitterで呟いたことで炎上対応に割く時間の方が多い。ホリエモンは結局無駄なことをしている」など。

これらの意見に対し、ホリエモンはこう回答しています。
「こうしてTwitterで呟き、物議を醸すことにより、これ以降の人々の意識(≒社会の雰囲気)が変わる」

これは正に、思想家の姿ではないでしょうか。

必ずしもホリエモンが「正」と言っているわけではありません。

ただ、彼には彼なりの確固たる思想、信念があり、それを伝播しようとしている。
自分の思想を広めて、世界を変えようとしている。
自分が、良い、と思う世界を作ろうとしている。

船曳教授が例に出したルソーや、たとえば幕末の坂本龍馬。
彼らが生きているとしたら、こんな風だったのではないかと思えてならないのです。

近年、ホリエモン以外にもこういった人物が多く出現しています。
間違いなく、今、世界は変わろうとしています。
我々はリアルに、その変遷を感じることができる。
同じ時代に生きることができてラッキーだ、そんな風に思うのです。

そもそも、『ゼロ』は図書館の「伝記コーナー」にありました。
同じ棚には、勝海舟や吉田松陰の伝記が並んでいました。
始めは面食らいましたよ。
伝記コーナーなんて、(とっくに亡くなった)歴史の偉人の本が並んでいるものだと思っていましたから。

でも、『ゼロ』はまごう事なき伝記でした。
ホリエモンは歴史を作ろうとしているところなんだと肌で感じました。
我々は、それを傍観することもできる。非難することもできる。

そしてホリエモンは、“一緒にやろう”と言ってくれている。
“普通の”みんなの一歩で、世の中を変えようと。

歴史上の偉人のことは、史実や伝記で追うことしかできない。
でもホリエモンは生きている。
今の、これからの彼を見ることができるし、あまつさえ彼は伴走してくれてさえいる。
“普通”の自分に自信を持って、一歩を踏み出そう。
社会を前に進めるのは、“普通”の、我々一人一人の小さな一歩なんだと。

※なんだか絶賛するような書き方になってしまいましたが、ホリエモン信者ではありません



「やりたいことがない」は真っ赤な嘘

『ゼロ~』にこんな一文があります。

やりたいことがないは真っ赤な嘘だ。物事をできない理由から考えるのかそれともできる理由から考えるのかこの1点によって、突き抜けられる人とそうでない人の違いが生まれる。できっこないと言う心の蓋を外してしまえば、やりたいことなんて湯水のようにあふれてくるのだ。

出典:堀江貴文『ゼロ』

これはホリエモンの主張ですが、筆者にも“心の蓋”が外れた経験があり、多いに共感しましたので、その時のことを書きたいと思います。

あれは社会人5年めくらいのことです。
自宅への帰り道、ふと、自分からあらゆる欲望が無くなっていることに気付いたんです。

自分で稼ぐようになって欲しいものは基本的に買えるようになり、家族や友人にも恵まれ、仕事に多少不満はあるけれど、多くの日本人が感じているいわゆる「中の上」的生活をしている実感がありました。
欲しいものは手に入る、行きたいところには行ける、好きな人が近くにいてくれる。
そんな現状を実感したとき、これからの人生何を目指せばいいのか、何のために生きるのか、ふっと分からなくなってしまったんです。
若い時に感じた、「どうしてもあれを手に入れたい」「どうしてもあそこに行きたい」「どうしてもこんなことがしたい」そんな活力に溢れた欲望が、自分の中から消えてしまって、まるで無気力に、惰性のまま生きてしまっている、そんな事実が、恐ろしく身に迫ってきたんです。

そんな時、とあるワークに出会ったんです。

やり方はすごく簡単です。
紙とペンを用意して、自分の欲望を書き出していくだけ。
ただ一つ条件があって、自分の欲望に対し、“一切の制限”を課してはいけないんです。
つまり、「お金が無尽蔵にあるとしたら」、「時間に一切制限がなければ」何がしたいか?を自分に問いかけていくんです。

びっくりしました。
一切の欲望が消えてしまったと思い込んでいた自分から、次から次へとやりたいことが溢れてきたんです。

そのワークをするまで、自分では、何一つ我慢していないと、本気で思っていたんです。
欲しいものは、なんでも手に入る(だから、今欲しいものはない)。
行きたい場所には行けている(だから、今行きたい場所はない)。
やりたいことは出来ている(だから、これ以上やりたいことはない)。

でも、違いました。
実際には、「できっこない」と決めつけて、心の中に潜む欲望に、気づいていなかっただけなんです。
ホリエモンの言うところの「心の蓋」を外したら、正に湯水のように、欲望が溢れてきたんです。

そのワークをして、自分の秘めたる欲望に気付いてからは、「これを手に入れるためには何をすればいいのか」ということを考えるようになりました。
人生に、また夢や目標が戻ってきたんです。
それは、それまでの停滞感漂う人生とまるで違う、前向きで能動的でとても楽しい日々です。



ホリエモンの多動力と、まとめ

ホリエモンは、『ゼロ』でも『金持ちに~』でもTwitterでも、「やりたいことは全部やれ!」と言い続けています。

そしてホリエモン自身、ロケットを放ったり、オンラインサロンを運営したり、高校をつくったり、自動運転のスタートアップ企業に参画したり、日々ものすごい勢いで本を出版したりと、多動力を体現しています。

ホリエモンは普通の人。
そんなホリエモンが、圧倒的多動力を体現してくれている。
同じく普通の人である我々にも、彼の半分でも十分の一でも、多動力を発揮できないわけがありません。

『ゼロ』や『金持ちに~』はそう思わせてくれる一冊です。
恐らく、ホリエモンの主張は一貫していると思われますので、この二冊以外でも同じようなエッセンスが書かれていると思います。

読んで損はないですし、響くところがあれば本気で人生変わる人もいると思いますので、未読の方はぜひ試してみてほしいです。

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